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【令和2年】地下鉄サリン事件発生から25年を迎えて【大事件】

【令和2年】地下鉄サリン事件発生から25年を迎えて【大事件】

昔、日本では地下鉄サリン事件という大規模なテロ事件があったらしい

本記事の内容

  • 地下鉄サリン事件 概要説明
  • 地下鉄サリン事件 計画全般
  • 駅別に実行された地下鉄サリン事件
  • 応急措置
  • 地下鉄サリン事件 捜査

今年で25年を迎えました。知らない世代にも知ってもらう機会になればと思い記事を書きました。

地下鉄サリン事件 概要説明

地下鉄サリン事件 概要説明

日本の首都である東京で起きた前代未聞の化学兵器テロ。

大都市圏での実行は世界でも稀に見る無差別テロ事件として日本だけでなく、海外メディアにも大きく取り上げられた。

化学兵器を使用した無差別テロ事件として注目を浴びたが、オウム真理教と言う1つの宗教団体が実行の核となっていたこともあり、全世界に波紋を呼んだ。

地下鉄サリン事件 当日

  • 日付:1995年(平成7年)3月20日
  • 時間:午前8時ごろ

現在の東京メトロの丸ノ内線、日比谷線、千代田線で通勤混雑が予想される時間帯を狙い実行された。
犯行時間を定めたのはオウム真理教所属の村井秀夫と井上嘉浩である。
単に乗客だけを狙った犯行だけでなく真のターゲットとなっていた官公庁の通勤ピーク時間帯が8時10分ごろと考えたためである。

オウム真理教が事件関与の嫌疑

警視庁が地下鉄サリン事件にオウム真理教が関与している嫌疑を強めたのが地下鉄サリン事件発生から2日後の3
月22日である。
3月22日に公証役場事務長逮捕・監禁事件でオウム真理教の拠点の1つとなっていた上九一色村の25拠点を一斉捜査した結果、地下鉄サリン事件で使用されたサリン生成に必要な化学プラントを発見したことが経緯となっている。

地下鉄サリン事件 計画全般

地下鉄サリン事件 計画全
稚拙な動機と過激な思考によって、地下鉄サリン事件は実行された。

犯行の動機

犯行の動機

  • 都市圏の混乱
  • 捜査の撹乱

ことの発端は1995年(平成7年)2月28日に起きた公証役場事務長逮捕・監禁事件から始まる。
事件発覚後、各メディア媒体から事件にオウム真理教が絡んでいるかのような趣旨の報道が全国的にされた。
これを受けて教団の代表は警察が自分たちを強制捜査するのではないかと危機感を抱くようになる。
この危機感に抗う術として、警察組織にダメージを与えることに加えて、自分たちへの一斉捜査どころでなくさせる為に、都市圏に混乱を招き自分たちの嫌疑から目を逸させることを目的として犯行に及んだ。

リムジン内で行われた対策会議

地下鉄サリン事件が実行される2日前、教団の代表である麻原彰晃と他幹部達はリムジンで上九一色村に戻る車内で、警察側が強制捜査をしてくることを予想して対策会議を行なっていた。
同年の1月に関西大震災があったことで強制捜査が行われなかったのではと考え始め、それに相応する事件を起こせば自分たちから目を背けることができるのではと言う内容であった。

ターゲット

教団側がターゲットにしたのは、公安警察、検察団体、裁判所に勤務するもの。
そして彼らが通勤で霞ヶ関駅で下車することを把握していたので、少し手前の駅でサリンを発生させ彼らにダメージを与えようと計画をしていた。

駅別に実行された地下鉄サリン事件

駅別に実行された地下鉄サリン事件
各駅ごとにサリン散布実行者と発生した駅と被害規模。

千代田線

千代田線での犯行

  • サリン散布役:林郁夫
  • 実施駅:新御茶ノ水駅付近

被害規模は2名が死亡、231人が重症。

丸ノ内線

丸ノ内線では2件発生。

丸ノ内線での犯行1

  • サリン散布役:広瀬健一
  • 実施駅:御茶ノ水駅付近

被害規模は1名が死亡、358人が重症。(後に後遺症により1名が死亡)

丸ノ内線での犯行2

  • サリン散布役:横山真人
  • 実施駅:四谷駅付近

被害規模は2名が死亡、231人が重症。

日比谷線

日比谷線でも2件発生。

日比谷線での犯行1

  • サリン散布役:豊田享
  • 実施駅:恵比寿駅付近

被害規模は死亡者1人、532人が重症。
後に死亡した1人もサリン中毒死として認定をされている。

日比谷線での犯行2

  • サリン散布役:林泰男
  • 実施駅:秋葉原駅付近

8人が死亡し、2,475人が重症。
発生現場で最多の被害状況を生んだ要因は、サリンのパックが次駅の小伝馬町駅のホームに蹴り出されたことによって多くの乗客およびホームにいた人たちに被害が及んだものである。

応急措置

応急措置
事件発生後、速やかに現場には化学機動中隊や特別救助隊が派遣され、被害者へ救助・救命活動が行われた。

救助活動全般

述べ340隊(約1,400人)が動員され、救助活動にあたった。
事件発生当初は情報が錯綜しており、単純な爆発事件や地下鉄内で急病患者等の誤報が多く、現場での原因究明に繋がることはなかった。
また、化学機動隊のガス分析装置にはサリンのデータが入っていなかった為、ガス成分の検出でも正確なデータを取ることができず、サリンによる犯行と言う判断まで及ばなかった。

警視庁

事件発生早々に対策本部が設置された。
救助活動と並行して、現場検証を実施。
残留物が科捜研に持ち込まれて初めて、サリンであったことが判明する。

自衛隊

サリンの除染作業に当たったのが自衛隊と化学防衛小隊であった。
各機関からの要請に迅速に対応して、臨時のサリン除染部隊を編成し作業にあたる。

地下鉄サリン事件関連 捜査

地下鉄サリン事件関連 捜査
前代未聞で未曾有の事態に、各機関は迅速に対応した。

家宅捜査の実施

地下鉄サリン時間発生から2日後、当該事件をスケープゴートにしようとしていた教団の目論見は外れる。
事件発生前の1月時点で教団の拠点である上九一色村の土壌からサリンが検出されていたことから、警察はオウム真理教の関与を推定していた。
このことから決定的な証拠を得ることも含めて、家宅捜査が実施されることになる。

事件究明

教団幹部でサリン散布者の林郁夫が自転車の窃盗容疑で逮捕され、警察は実行者から直々に事件の経緯と役割分担などの詳細を聴取することに成功。
意外な経緯でことの顛末を知ることになった。

容疑者の逮捕

林郁夫逮捕からの聴取を経て、警察は本格的に関与者の逮捕に踏み出す。
首謀者、指揮官、調整役、散布実行犯、運転手、サリン製造者が軒並み逮捕となり、うち数名は死刑判決を言い渡される。

地下鉄サリン事件 まとめ

日本に限らず、海外を例にとっても首都部での大規模テロは類を見ない事件でした。
宗教が悪いとは言わないが、こうした愚行によって宗教というものが色眼鏡で見られることになったきっかけでもあるのではと思います。特に日本では。
一方で事件発生後の各期間の対応のスピードは日本の強さを示すことにもなったのではと考えられます。

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