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【時間のある人だけ】私が一生勝てない相手の話。友人の紹介。

ここ最近TOEICと英語の勉強に関する内容を投稿し続けていましたが、気分転換を兼ねて違う話題を記事にしていきます。

皆さんには同年代で絶対に勝てない相手っていますか?

 

私には1人だけ同年代で絶対に勝てない相手がいます。

かずやという男です。

今回はそんな私が絶対に勝てない相手を記事にしていきたいと思います。

<目次>

  1. かずやとの出会い
  2. かずやとの思い出
  3. なぜ勝てないのか
  4. さいごに

私の独り言みたいなものなので時間のある人だけお読みください

1.かずやとの出会い

出会いは浪人時代でした。

予備校に入校して数カ月経とうとする頃、当初からずーっと予備校内でも目立っていた男がいました。

それがかずやです。

背丈は180センチ、ガタイがよく目鼻ははっきりとしていて日本人離れした面構え、髪は茶髪でギッチギチのパーマを当ててスチールウールのような髪型、そして原宿系のファッションでいつも予備校にいました。

嫌でも目立ってしまう彼だったので、私の仲間内でも話題になっていました。

ふてぶてしくもある彼のなり姿から周囲の人間は絶対に不良とかすぐ殴りそうとか勝手な憶測で彼を形容していました。

ある日仲間内でじゃんけんで負けた奴がそんな彼に話しかけにいこうと提案がありました。

個人的には【じゃんけんで負けた奴】っていうのが気に食わなくて、私から声を掛けに行くことにしました。

本当に些細なきっかけで彼と出会い交流を持つことになりました。

「初めまして。いつも目立ってるね。勢いで声かけてみたよ。」と声をかけると彼は既にでかくはっきりした目をさらにでかくして「予備校で初めて声かけられた」と驚いていました。

高校時代まで野球少年で得意科目は国語、苦手な科目は理数系が苦手、目標大学は早慶上智で現役の時に不合格だったので浪人して再チャレンジしているという他愛もない会話が最初の会話でした。

2.かずやとの思い出

浪人時代の当時なぜかわからないけどキャッチボールが流行っていました。

いつもの集まってるメンバーで勉強の合間にキャッチボールをしてリフレッシュしていたのですが、ふと、かずやが野球経験者だったことを思い出して声を掛けに行きました。

あまり乗り気な顔をしていませんでしたけど、私があまりにしつこく誘うものだから断り切れなかったのでしょう。渋々私に連れてこられ仲間内に入れてキャッチボールをさせました。

当時の彼からしたらいい迷惑だったと思います。

いざ投げさせてみたらめちゃくちゃうまいんですよ。誰よりもきれいなフォームで光線みたいな球を投げるんです。

ニューヒーローがきたと全員で大盛り上がりでした。

その後もみんなで食事をしに行ったり、勉強を教えあったりするときもかずやは来てくれるようになりました。

後に知ったことですが、彼は人見知りなようで初対面の人とはうまく話せる自信がなかったけど、最初のきっかけがキャッチボールだったのでコミュニケーションが取れたと私に話してくれました。

浪人になったら勉強に専念したいから予備校での友達は極力つくらないように心掛けていたそうです。そこからまた月日は経って受験を終え、それぞれの大学へ進学しても、頻繁にあって浪人時代の様にキャッチボールをしたり食事をしたり大学生になってからの悩みを相談したり交流は続いてました。

交流を深めれば深めるほどに彼の内面も見えてきたのですが、よく出来た男と表現しても決して大げさではないです。

外見は絵にかいたようなイケメンで内面は真面目で優しく早慶上智にチャレンジするほどの頭のよさ、ユーモアがあり弱い者いじめは絶対に許せない男ということがわかりました。

私が予備校のホールででかい声でX JAPANのFOREVER LOVEを歌い始めるととなりでYOSHIKIのドラムの真似をして最後は失神の真似をするまでが1セットで周りの笑いをとるというちょっとした芸を2人でよくやっていたのはいい思い出です。

3.なぜ勝てないのか

結論から言うと、かずやはもうこの世にいないからです。

彼は大学進学して3年経とうとするころ、白血病を患い入院し休学しています。

入院したことを知って何度かお見舞いに行ってましたが、当時の彼から治療も最終段階でゴールが見えてきたという明るい話を聞けてほっとしたのを覚えています。

しかし、同時に覚えていることがあって彼からもし次また白血病になったらその時は・・・と目線を落とし濁した発言をしていたことも覚えています。

私は言わんとすることを察しましたが、それに何も応えられなかったことも鮮明に覚えています。

それでも彼は白血病に打ち勝ち復学をしたことの報告を受けて私は完全に安心しきっていました。

結構長い期間治療をしていた様に思います。

彼が復学して卒業したら、私が転職した商社にひっぱるから就活は心配するなと話したことも覚えています。かないませんでしたがね。

私が社会人になって転職をし東北エリアで仕事をしていたとき、パワハラを受ける前の年でしたかね。早朝に浪人時代の友人から連絡が入り彼の訃報を受けました。

当時のあの言葉通りだったのか断定できませんでしたが葬儀で彼の母親の様子と嗚咽を混じらせて放った言葉からそれを察することは容易でした。当時私たちは26歳です。

最後の会話はあまり覚えていません。ただ当時はやっていたTVドラマに出ていた女優が可愛いとかそういった話であった記憶がかすかにあります。

話が逸れたので戻しますが、亡くなってしまった人は亡くなった当時のままで記憶されるんですよね。私はこれから歳を重ねていって背も縮み顔が酒の飲みすぎでむくんでストレスでハゲて太って加齢臭が出てきて老いていく一方ですが、かずやは背丈は180センチ、ガタイがよく目鼻ははっきりとしていて日本人離れした面構え、髪は茶髪でギッチギチのパーマを当ててスチールウールのような髪型、そして原宿系のファッションのかっこいいかずやのままなんです。

ただでさえ容姿で負けていたのに差が開いていく一方です。

彼の性格も純粋で優しくて面白い生前のままですが、私は社会に出て色々曲がってきた気がします。

いろんなことを歪曲して捉えてしまういらないクセみたいなものが染みついてしまったようです。

容姿だけでなく内面までも勝てないんですよね。

彼が生きていれば彼も容姿が醜くなって、老化が始まり性格もねじ曲がってなんとかイーブンにもちこめたかもしれませんが、もうそうはなりませんので私の完敗で、これから先も勝てる見込みがありません。

これが私が彼に一生勝てない理由です。

さいごに

今日は出張と接待でブログを投稿する時間ないからあきらめていたんですが、かずやが住んでいた街の近くを通ったものでふと衝動的に書いてしまいました。

きっと彼が生きていれば、やりたいことがたくさんあってそれにチャレンジし続けていたとおもうんですよ。一方で私はまだ生きているのでこのブログもそうですが、これからやりたいことが出てきたら臆せずチャレンジしていきたいと思うのは恐らく彼の分まで生きるとかそんな大それたものじゃないんですけど、それに近しいものはあるような気がします。

落ち込んでいる感情とは真逆で彼を思い出すことでやる気が奮い立たさるんですよね。

これでまたいつも通りのブログを投稿していきますのでまた遊びに来てください。

今日はこの辺でおしまいにしたいと思います。

読んでくださってありがとうございました。

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